タイ・ラオス男一人放浪旅【1~3日目】バンコク⇒ナコンラーチャシーマ。

2024年2月2日

これは、2011年の1月から2月の30日間に及ぶタイ・ラオス放浪の旅の記録である。今回は、その旅の1~3日目の話。

当時の年齢は29歳。もう10年近く前の話になりますが、スロウなアジアを求めて、ふらっと東南アジアを放浪していました。タイのムエタイの道場へ通ってみたり、タイやラオスで自転車を借りてあちこち走り回ったり、遺跡を巡ったり、観光地でもない小さな村を訪ねたり、本能の赴くままにあっちへふらり、こっちへふらり。

普通に観光地を回る旅だけでは、満足できない私がたどった一風変わった旅の記録です。あまり検索需要のない記事になるかもしれませんが、暇つぶしにでも読んでいただけたらこれ幸いです。

タイ・ラオス旅の記録。

当時の日記を元に、旅の記録を記したいと思います。

1日目。タイに到着。

2011年1月12日、1日目。中部国際空港(セントレア)から、タイのバンコクへと向かう。

今回、旅の予定で決まっているのは、ちょうど出発の一か月後に帰りの飛行機の券を買っていることだけで、後はまったくのノープラン。自由気ままに、本能の赴くままに、プラプラ回ろうと思っている。まさしく放浪といった感じの旅(笑)

タイへ向かう飛行機からの風景。

実は、ろん氏生まれて初めての飛行機&海外なのであった。初めての飛行機は少し恐かったが、窓から見える雲の上の景色は、とても綺麗だった。

一応、タイ・ラオス旅の目的があって、それはスローなアジアを体感することでした。それを探し求めながら、旅をしていこうと思う。

プラス、チャンスがあれば体験したいと思っていたのがムエタイ。当時、私は総合格闘技をやっていたので、打撃のスキルアップに、タイに行くならムエタイを経験してみたいな~と考えていました。(※ムエタイは、タイの国技でキックボクシングのようなもの。)

そんなこんなで、無事タイにたどり着き、着陸。

初めての海外に入国でどうすればいいのか、よくわからなかったが、流れに任せて、みんなについていき、無事に入国審査を通過することができた。荷物の受け取りなどをして、空港を後にする。

まず最初に行ったのが、日本円をタイバーツに換金。とりあえず、1万円をタイバーツに替えてみた。3494バーツになった。

空港からは電車を使って、バンコク市内へと向かう。マッカサン駅に到着。

カオサンロード。

まず、最初に向かったのが、バンコク市内にあるカオサンロード。ここは、バックパッカーたちの聖地と呼ばれている所と聞いていたので、とりあえず行ってみようと思っていた。一応、私も大きなカバンを背負ったバックパッカースタイル。

通りすがりのバイクタクシーを拾って、カオサンロードを目指すが、このバイクがなかなか危なっかしく車の間をスイスイスイスイと進んでいった。こんなところで事故ったらシャレにならん。次からは、バイクタクシーはなしかなと内心思ったのであった。

無事にカオサンロードにたどり着き、とりあえず適当なところでメシを食った。よくわからんままメニューを指さして、注文するとビールが出てきた。間違えた~><ろん氏は、ビールがあまり好きでない、、、(苦笑)

別の物を頼みなおし、ご飯と肉炒め的なものを食べた。ちょい辛めで美味かった。

カオサンロードは、とにかく人が多かった。欧米系の白人の旅行客が多い様。ほとんど、日本人は見かけなかった。

もう時間も遅かったので、とりあえず泊まる所を探すことにした。満室が多くて、中々見つからなかったが、5軒目くらいでようやく空いてるところを見つけ、一安心。

タイやラオスでは、ゲストハウス的な安い宿が沢山あるので、どこの町でも泊まる所見つけるのは比較的簡単なようだった。この日泊まったところは、500Bで日本円で、1500円くらい。

部屋で日記を書き、今後の予定を考える。

カオサンロード、ここは僕の求めてる所とは、少し違うような感じがした。明日には、ここをたとうと思う。

2日目。電車で、ナコンラーチャシーマへ。

1月13日、2日目。朝ゲストハウスを出発。情報収集をしようとそこらを歩き回るが、バックパック背負ってる白人ばっかで、日本人旅行者は皆無。タイ語喋れない、英語もまともに喋れない=どうやってやりとりしたらいい?なかなか難しく感じ躊躇し、情報収集をあきらめ、ひとまず、バンコクから脱出しようと思い立ったのでした。

カオサンロード付近。

思ってた以上に、1人の海外旅、自分で動くのは大変かもと感じていたのでした。

地図を頼りに、電車の駅を目指し歩きまくったが、案の定道に迷う。地図を片手に交差点に座り込んでいると、1人の男性が話しかけてくれた。えらい親切なオジサンやな~と思っていたら、トゥクトゥクの運転手やった(爆)

日記によると、トゥクトゥクに乗って、なぜかまたカオサンロードへと連れてもらい振り出しに戻ってるのであった。恐らく不安になってもう一回、旅行案内所を探したんだろう。けれど先ほどと同様にタイ語、英語に自信を持てず、またも諦めたらしい。何やってんだか(笑)

どうやら、日記によるとタイ東北部の情報やチケット(電車?)が聞きたかったらしい。。。

『ええい、覚悟を決めてとりあえず行っちゃえぃ』

今度は、タクシーを拾って、出発点のフアラムポーン駅へ連れて行ってもらった。やはり、見知らぬ土地で、言葉も文字もわからず、自力で進むのはなかなか難しい。無理に等しい。痛感した。

タクシーやトゥクトゥクのオッちゃんに聞くのが、一番手っ取り早そう。

フアラムポーン駅。
フアラムポーン駅にて。

次の目的地は、タイ東北部のナコンラーチャシーマに決めた。駅のチケット売り場で、地図を指さしてナコンラーチャシーマ行のチケットを購入した。50Bだった。

バンコクから264キロも離れているのに、50B。日本円で約150円。安~っ。

さあ、ここからが本当の旅の始まりだ。

電車には、意外とすんなり乗れた。まあ言葉がわからなくとも、なんとかなるもんだなあとも思った。

電車に揺られること5時間。無事にナコンラーチャシーマに到着した。

タイの駅での風景。

日本では考えられないけど、人が普通にホームを降りて線路の上を渡っていく。。。ところ変われば、常識も変わるらしいですね。

駅を降りると、トゥクトゥクのオッちゃんにつかまり、ここは素直に乗せてもらうことにした。『ゲスハオ』(タイ語でゲストハウス)といって、ゲストハウスまで連れてもらった。ゲストハウスの中を確認し、よさげだったのでここに決めた。250B約750円。

実は、まだこの時初の海外&タイに慣れていなくて、まだまだ不安だらけ。騙されないか、ボラれないかと、余計な心配ばかりしていて、全然余裕がなかった。。。

けど、そんなことも言ってられないので、外を散策してみることにした。時間は夕刻5時半くらい。すぐ近くに市場があったので立ち寄ってみた。

タイの市場で食べた麺。

市場の中で、オバちゃんがやってる麺屋を見つけれたので、そこで晩飯にした。『アロイ』⇒タイ語で、美味しい。とてもアロイかった。

1杯30B。安っ。お代わりして、2杯食べた。写真は2杯目で、少し辛いやつを選んだ。タイ語を勉強しながら、麺をすすったのであった。


『旅の指さし会話帳1タイ』この本は出発前に日本で買ったもので、とっても重宝しました。旅で役たちそうな言葉がピックアップされており、コミュニケーションをとるのにとっても役たちました。

麺を2杯食べて、日本円で約200円。メチャ旨かったし、いい感じの市場を見つけられてよかった。

この日は、もうゲストハウスへ戻り、シャワーを済ませ、靴下、パンツ等を洗濯。そして、就寝。昨日、今日と備え付けの石鹸がなかったので、水洗いで、頭が少し油っぽかった。どこかで石鹸も買わねば。。。

3日目。町のムエタイ道場にいく。

1月14日。朝6時半くらいに起床。色々準備して、8時くらいに出発。

近くの市場へ寄ってみる。いろんなものがおいてあった。生きたままの魚や、ナマズやタウナギみたいなやつだったり、鶏やブタなんかも大きな塊のままで、市場でさばいて売っている感じだった。メチャ賑わってて、いろんな物がシンプルに売られていました。

ナコンラーチャシーマにある市場。

昔ながらの市場といった感じ。観光地でも何でもないけど、僕はこういった所がなんだか心に響きました。

町には大きくて綺麗なショッピングモール的な所もあるけど、こういった所も混在している所がタイのいい所だな~と思った。

今日はここでは何も買わず、市場を出て町をプラプラ歩いて散策することにした。これから、どうしようかな~と、考えながら町を進む。駅前に座り込んで、一人作戦会議。電車に乗って次へ進むか、もうしばらくここへ残るか?

あとは、ムエタイの道場を覗いてみたいと思っていたが、自分の足では探せなかった。

そうこうしていると、昨日トゥクトゥクに乗せてくれたオッちゃんがやってきて、飴ちゃんをくれた。そうや、このオッちゃんに聞いてみよう。タイ語の本を見せて、説明してムエタイのジムを知ってるか聞いてみたら、知ってるとの事。ジムまで乗っけてもらうことにした。50B+チップ20B。

そして、ムエタイのジムについた。中にはサンドバッグがたくさん吊るしてあり、リングが2つあった。ジムの会長さんと話をするが、やはり言葉が全然だめで、中々うまくコミュニケーションとれなかったけど、午後の5時から練習やってるという事はなんとか理解できた。よっしゃ!!

町のムエタイ道場。

会長さん親切に近くのホテルまで、バイクで送ってくれた。コープンカップ⇒ありがとう。アポなし、見ず知らずの旅人にもかかわらず、親切にしてくれました。

ホテルは、1日500Bで約1500円。ゲストハウスというよりはホテルといった風貌だったのでホテルと呼んでおく。といっても食事は出ず、日本でいうビジネスホテル的な感じです。部屋に荷物を置いて、再度今後のプランを練る。まだ時間は午前10時半、んんどうしよう。

とりあえず、近くを散策することにした。市場へ立ち寄ったり、コンビニへ寄ったり(普通にコンビニはある)、焼きバナナやお団子を買い食いしたりして時間をつぶす。その後、ホテルに戻ることにした。午後2時。

旅の不安解消。

ここらで、知らない町で時間潰すのも中々難しいなと感じ始めていました。ど~しよ~となる。英語もタイ語も全然使えんし、こりゃあ大変だと。

やはり目的がないとあかん。旅でも何でも、やはりそうだ。せっかくタイまできたんやから、考えろ考えろ。

けどまあ、一回ムエタイのジム行ってみてそれからでもいいかも!?

とか色々と考えてたら、急にメチャ不安になってきて、日本の知り合いでタイに詳しい人に電話をかけ(国際電話をかけるのにも一苦労した)、タイの治安など聞いて、『どこ行っても、基本的に安全だよ』と聞いて安心したのでした。

前もって聞いとけよって感じだけど、いざ一人慣れない海外に来てみると、言葉もわからない、どんな人たちかもよくわからない、治安ってどうなんって、考え出すと怖くなってしまった。恥ずかしながら、、、

タイの市場で野菜と並ぶ猫。

用心するに越したことはないけど、用心しすぎはダメ。

気楽にアイーンと旅すべし(笑)

いざ、ムエタイ道場へ。

そんなこんなで、夕方の五時過ぎに道場へ向かう。

練習する用意は何もしてなかったけど、ムエタイパンツ、バンテージ、グローブと貸してくれた。子供や中高生くらいの子が中心の道場だったけど、みんな超うまかった。

言葉はわからなくとも、格闘技を通してコミュケーションをとることは意外と簡単だった。キック、パンチ、膝蹴りや肘打ちと様々なコンビネーションを教えてもらう。サンドバックしたり、ミット打ちしたり。

その後、アームカール、腹筋、懸垂などいくつかの筋トレをやった。最後に、首相撲をたくさんやって、この日の練習を終えた。小学生の子らも難なくハードなトレーニングをこなしていて、こりゃあ強くなるわ~と感心したのでした。ちなみに、この日の練習で300B。翌日も参加することにして2日分600Bを払った。

帰りは、会長がバイクでホテルまで送ってくれた。明日は、朝からランニングがあるから、おいでと誘われたので、行くことにした。翌朝6時に迎えに来てくれるとの事。

よっしゃ、何か少し面白くなってきたぞ。

普通に観光地回るような旅行じゃなくて、こういった地元民に触れ合えるような旅がしたかったんだ。思い切って道場いってみてよかった~。

ホテルでシャワーを浴び、晩飯を近くの飯屋で、チャーハン的なものを食べた。メチャ旨。やはり、タイの料理は日本人の舌に合うみたいです。

そんなこんなで、初の海外の不安を乗り越えて、少し軌道に乗り始めた3日目だったのでした。

次回、4日目からは、町で自転車をレンタルして、昼間はタイの遺跡を巡りをし、夜は町の道場で練習といった日々をしばらく続けていくこととなる。まだまだ、タイ・ラオスの放浪旅は続くのであった。

続きは、こちら⇒『タイ・ラオス男一人放浪旅【4~5日目】自転車ヂャカヤーンでパノム・ワン遺跡を巡る。