沖縄本島1周ヒッチハイクの旅⑧~海中道路を渡って、離島へGO!!

2024年1月31日

沖縄本島ヒッチハイクの旅⑧
海中道路。

この旅は今から19年前の2003年、信州大学2年の夏を迎えた頃の話である。当時の歳は、21歳。一人旅。

旅のルートは、フェリーが付いた那覇港から沖縄本島の海岸線を時計回りにぐるっと1周回る計画だ。その際、公共の交通機関は一切使わずに、徒歩とヒッチハイクのみで、おこなうことに決めている。そして、泊まる所は、持参した一人用のテントを使っての野宿を基本とする。

この2つが、この旅の主なルールで、後は何も決めていない行き当たりばったりの旅であり、若かりし頃の馬鹿野郎の冒険旅である。

さあ、どうなることやら。まあ、何とかなるっしょ~(笑)

今回は、そんな沖縄旅の8日目の記録。当時の旅日記をもとにまとめてみました。事実は小説よりも奇なり。暇つぶしにでも、読んでいただけたら幸いです。

2003年7月21日(祝)~沖縄の旅8日目~

今日は、宜野座村のとあるビーチから始まる。

早朝の5時過ぎに、起床するが朝日は今一つで拝めなかった。その代わりと言ってはなんだが、一風変わった光景に遭遇したのであった。

まだ、早朝5時の少し薄暗い中、ビーチに一人の人影を見つけた。その人は、歩いてトコトコと進みそのまま海の中へと入っていった。しばらく海の中を進んでいき、上半身の胸の辺りまで海に浸かった状態で、じ~っとしている。いったい、あの人は何をしているんだろう???

それとも、僕の見間違いだろうか。。。と、考えたりしていたら、また別の人影が現れて、海の中へと入っていくのであった。ここの村の人たちは、こういった習慣みたいなものがあるのだろうか?

宜野座村のビーチで海に浸かる人の影。

薄暗い中から、明るくなるまで浸かっている感じだった。なんとも不思議な光景であった。

あれが一体何だったのかは、未だ謎のままである。。。

宜野座村のビーチでテント泊。

公園の水道で、軽く身体を洗い、その後身支度をする。昨日洗濯した服も乾いていたし、いい感じだ。

そんなこんなで、出発したのが8時頃。バックパックを背負って、歩き出した。

宜野座村で見つけた標語。

歩いていて、道端で見かけた宜野座村の標語。

『あいさつすると 心にスマイル!スマイル』

なんて、いい標語だ^^

宜野座村で見つけた交通安全の標語。

もう少し歩くと、こんなのも見つけた。

【交通安全、四つの心】

  • 一、正しい心・・・・ルール無視の風潮に同調しない
  • 二、健全な心・・・・スピードやスリルの誘惑に負けない
  • 三、思いやりの心・・他人に危険や迷惑をかけない
  • 四、ゆとりの心・・・いそがず、あせらずイライラしない

交通安全の心得だけど、普段の生活にも通ずるいい言葉だな。

正しい心、健全な心、思いやりの心、ゆとりの心。この心を忘れずに生きていこう。

しばらく歩くと、宜野座村から金武町へと入った。

金武町の大衆食堂で

10時前くらいに、一軒の大衆食堂を見つけたので、朝ごはんを食べることにした。

ポークタマゴ500円というのを頼んだ。

待っている間、店内にあった沖縄の歴史の本を少し読んだ。戦争の残酷さや沖縄の悲しい歴史、思いを知ったのだった。軽々しく戦争の事は言えないんだなと思った。。。

ポークタマゴ到着。

ポークタマゴ。

これが、ポークタマゴか~。それは、溶き卵を焼いたものと、ハムとベーコンが焼いてあるものだった。まあ、想像通りといえば、想像通りだ。

スープは、そばが入ったお汁になっている。ご飯が冷たかったのが、少し気になったが、まあ別にいいか~と頂いた。。。

お店のオバちゃんは『ご飯冷たくてごめんね』といって、しばらくすると、ご飯のお代わりを入れてくれた(笑)

僕は遠慮して、『少しでいいですよ~』といったのにも関わらず、かなりいっぱい盛ってくれた。

そしたら今度は、おかずがなくなってきて、ご飯が余ったのを見て、奥さんは『ポーク焼こうか?』と言って、追加でポークを焼いてくれたのだった(笑)

店内に飾ってある貝殻のコレクション。
店内には、綺麗な貝殻がたくさん飾られていた。

ああ、なんていい人なんだ。食堂で、こんな経験をしたのは、生まれて初めてかもしれない。

しかも、帰り際に、凍らしたペットボトルのお茶を一本とオニギリ(かなり大きいの)をくれた(涙)

さらには、空きのペットボトルに、お茶を入れてくれた。

最後に、オバちゃんは『今度は、彼女を連れて来てなよ~』といっていた。なんていい人なんだろうか。

ヒッチハイク1台目~トラックの運ちゃん

ご飯も食べ終わって、とりあえず、ヒッチハイクできそうな雰囲気のある所まで歩いた。かなり歩いたところで、海沿いの道になり、ここら辺からヒッチを開始する事にした。

やり始めて4~50台目くらいで、1台のトラックが止まってくれた。

トラックの運ちゃんに乗せてもらう。

トラックの運ちゃんは、とても人の良さそうなお方だった。僕のイメージでは以前、『トラックの運ちゃん=怖い人』やったけど、この旅でそのイメージも随分と変わった。石川市に入って少し走ったあたりまで、乗せてもらった。

オジちゃんは、ここから折れて、読谷村の方へ行くそうだった。

トラックのオジちゃん、ありがとう^^

ヒッチハイク2台目~米兵さんのワゴン

そこから、また歩いて進んだ。

この先に橋でつながっている島々があって、旅のルートに悩んだ。島へ立ち寄ると、結構遠回りになるし、大変そうやしな。。。どうしようかなと少し躊躇したが、この旅妥協するわけにもいかない。

諦めたら、終わりや。やるっきゃない。と、ヒッチハイクを始めた。

しばらくすると、1台のワゴン車が止まってくれた。な、なんと今回、米兵さんたちの車だった。

米兵さん『Are you speak English?』

俺『A little.』

その後の英語は、よく聞き取れずわからなかったが、少しの区間乗せてもらう事ができた。車を降りるときには、『良い旅を』的な言葉を英語で言ってくれて、握手をして別れた。センキューベリーマッチ!!

また、そこから歩いて進んでいく。ここら辺は、米軍の施設が目立った。

ヒッチハイク3台目~かき氷屋さんの前で

歩いて進んでいくが、かなりしんどくなってきた。それでボチボチ、本日3回目のヒッチハイクをすることにした。

こんなところで、車止まってくれるのかな?と思うような所だったが、やってみなけりゃわからね~。うりゃ~って感じで、ヒッチハイクを開始した。

しかし、中々車を止めることはできなかった。しばらくした所で、道端にかき氷屋さんを見つけた。次の車の流れがダメだったら、いったんかき氷でも食べて休憩して、それから、また考えようとヒッチハイクをやり始めると、流れの最後の1台の車が止まってくれた。

ラッキー、助かった(涙)

本日3台目のヒッチハイク。

島へと続く海中道路の入り口辺りまで、乗せて行ってくれた。

そういえば、今日は疲れが溜まっていたせいか?朝から気分は、なんとなくローテンションだった。疲れた~。

沖縄の海中道路。
海中道路

そこからは、橋を歩いて進んだ。

橋の中頃にあるドライブインを過ぎた辺りで、ヒッチハイクを開始するが、一向に止まる気配なし。。。それで諦めて、自分の足で歩くことにした。

歩いて、浜比嘉島へ

橋(海中道路)を越えると、平安座島に到着。ちなみに橋と気軽にっても、全長5km近くはある。

最初は、一番奥の伊計島まで行く予定だったが、体力的にかなりキツかったので、手前の東側にある浜比嘉島の浜で一泊する事に決めた。

浜比嘉大橋。
浜比嘉大橋からの眺め。

浜比嘉大橋を越えて、浜比嘉島へと歩いて進む。ちなみに、この橋も1.4kmとかなり長い。

途中見つけた売店で、ジュース⇒デカビタC系の元気の出るヤツを買って、売店の前で地元のおばあちゃんやオジちゃんと話をしながら休んだ。

色々と教えてもらった。浜比嘉島には、食堂がないらしいので、この売店でカステラを買っておいた。もう少し進んだ先にあるビーチを目指して歩いた。

もうメチャメチャ疲れていたので、早くテント地を見つけて、休みたかった。

浜比嘉島のビーチ。

島の奥へと進み、ビーチに到着。

ここはかなりいい雰囲気の所だった。自然のビーチといった感じで、メチャ綺麗だった。気に入った。ここを今日のテント地に決定だ。

浜比嘉島のビーチでテント泊。

テントを張り、近くを少し散策する事にした。近くにあったホテルに併設してるビーチへと行ってみる。

こちらのビーチにはホテルを利用する観光の人たちもいて、『こんにちは~』と挨拶したりして、もう少し奥まで進んだ。海で少し泳ぎ、テントへ戻る事に。

帰り際に、さっき挨拶した人たちに声をかけて頂いた。『魚食べる?』と、俺『えっ、いいんですか?頂きます!!』ああ、なんていい人達なんだ。そして、色々と話しをした。

かわいい犬もいたな。

『ごちそうさまでした。ありがとうございました!!』そこを後にして、テントの場所へと戻った。

今日は、とにかく疲れた。恐らく20キロ以上は歩いたと思う。

足が、そろそろ限界に近いのかもしれない。今日は早く寝て、明日に備えよう。沖縄本島1周も終盤戦だ。

地元の人たちとBBQ

テントの近くで、バーベキューをしている地元の人たち(オッちゃん4人組)がいるな~と思っていたら、声をかけてくれて、焼き肉を一緒に頂たくことになった。そしたら、一人のオジちゃんに大学をちゃんと行ってないことを見抜かれてビックリした。

『だいたい沖縄に逃げてくる人は、そうだ』と、、、

(ここからは、心の声)

『でも、俺は違う。確かに逃げる形で来たかもしれんが、これは俺の中では、始まりだと思っている。逃げではなくって、エンドレストリップの始まりだ。

どこかに埋まっている自分の夢を掘り当てるための!!(ハイスタの歌詞風)』

この日はかなり疲れていて、テンションも上がらずに、あまり会話にも参加できなかった(地元民同士の会話は、外国語のようで、ほとんど解読できないが、、、)。最後に、パンと残りの肉をもらって、解散した。

地元のオジちゃん達ありがとう。

テントへ戻り、すぐに床に就いたのであった。9時過ぎには、就寝した。


8日目のまとめ

本日の移動・・・宜野座村⇒与那城町浜比嘉島(現在では、うるま市にあたる)

移動距離・・・40kmくらい

ヒッチハイク・・・3台

今日で、沖縄本島1周の旅も8日目となり、終盤戦といった感じになってきました。少し旅の疲れが溜まってきているようで、少し気分は下がり気味。

そんな今日の印象に残っている出来事は、午前中に立ち寄った大衆食堂での出来事であった。ここの店主にとても良くして頂いて、ご飯お代わりに続き、おかずのお代わり、さらに帰り際にはお茶に、オニギリまでサービスして頂いた(笑)

普段の日常生活では、食堂でこんな事、絶対といっていいほど起こりえないだろう。

旅ならでは、沖縄ならではのミラクルだったんだろうなと思う。旅の間、いろんな人たちに優しく、助けて頂いた。

午前中は、なんとかヒッチハイクに成功したが、後半はヒッチハイクできずに、諦めて自分の足で歩いて進んだ。なんとか、浜比嘉島のビーチにたどり着き、テント泊する事ができた。

そして野営地では、たまたま近くに居合わせた地元の人たちと、BBQのお肉を一緒に頂いたり(笑)。

今回の旅は、公共交通機関を一切使わずに、歩きとヒッチハイクのみで、沖縄本島を海岸線に時計回りに1周するというもの。宿泊も公共の施設を使わずに、基本テント泊しながら、周る予定だ。

特別どこを観光するという訳でもなく、朝起きたら、ただひたすら海岸線沿いに歩きとヒッチハイクで進めるだけ進んで、暗くなったら適当な所を見つけて、テント泊するという超シンプルな行き当たりばったりの旅。

沖縄本島1周ヒッチハイクの旅は、毎日が、アドベンチャーである。明日は、一体何が待っているのやら?

沖縄本島1周、さすらいの馬鹿野郎の冒険旅は、あともう少し続く。。。

続きは、こちら⇒『沖縄本島1周ヒッチハイクの旅⑨~子供達と戯れるの巻~